「避難所に行くのは諦めた」 台風の夜、氾濫した多摩川の土手で路上生活者は身を寄せ合った

    台風19号の襲来時、東京都台東区は路上生活者の自主避難所利用を拒否した。氾濫した多摩川に住む路上生活者に、どこで台風を過ごしたか、同じような生活をしている人が避難所で拒否されたことについてどう考えるのか、話を聞いた。

    台風19号の襲来時、東京都台東区が、自主避難所を利用しようと訪れた路上生活者を拒否した。安倍晋三首相は国会の答弁で「全員受け入れが望ましい」と言及し、台東区長は「対応が不十分だった」と謝罪した。

    15日には多摩川沿いで路上生活者とみられる男性の遺体が見つかったとの報道もあった。暴風雨から身を守る家がある人と比べ、路上生活者にとっては、災害はさらに危険なものだ。

    路上生活者は台風の夜をどこでどのように過ごしたのか。同じような生活をしている人が避難所で拒否されたことについてどう考えるのか。氾濫した多摩川沿いで話を聞いた。

    「河川敷のところにブルーシートの小屋が並んでたんだけどな。おれたち6人全員の小屋が流された。早く逃げたから命は助かったけど、小屋はすごい勢いで増した水でガーッと流されていったよ」

    そう話すのは、多摩川の河川敷に10年以上住んでいるという男性(65)だ。日が沈みかけた人気のない土手で、台風前に小屋があった辺りを一人でじっと眺めていた。

    小屋があったのは、多摩川の神奈川県側にある河川敷。ラジオでも「今年で最も大きい台風」「命を守る行動を」と繰り返されていたため、10月12日は、午前中から荷物の移動などを始めたという。

    多摩川に架かる橋の下に、運べる物は全て、仲間6人で動かした。

    「こんなに上まで水が来るなんて誰も思わなかった」と、男性は語る。6人は土手と橋台の間部分に身を寄せ、台風の夜を過ごした。

    テントを持っている人もいたが、持っている段ボールやブルーシートなどで風をしのいだ人もいる。土手で豪雨の中、時間が過ぎるのを待ったが、河川敷が広い神奈川県側でも、多摩川の水は土手のギリギリのところまで来ていた。

    あと1メートルほど水が増えていたら、6人も流されていたところだったという。

    避難所利用「もうとっくの昔から、諦めている」

    「本当に大きい台風だと聞いたけど、私たちはホームレスだからさ。避難所に行っても入れてくれないだろうし、諦めてるよ。断られた話なんて昔からよくあることだから、もう『助けてくれない』って頭に入ってるんだよ」

    男性は、行政の路上生活者に対する災害時支援についてそう語る。

    「台風から4日経っても、役所の人間は一人も見回りに来たりしないよ。水一本だってもらっていない。私たちは年老いたのばっかりだけど、持ってる物やお金を出し合って、自分たちでどうにかするしかない。私たちは人間だと思われていないんだよ」

    男性の仲間は皆60、70代で、長く路上生活を続けている。元は皆、大工や道路工事などの仕事についていたという。「働きたくても、もう年だからなかなか元やっていた仕事では働けない」と話す。

    役所の路上生活者に対する災害時支援や、避難所利用について意見を問うと、男性は「もうとっくの昔から、そんなものは諦めている」と話しながらもこうこぼす。

    「区民優先だっていうのはわかってるけど、年がいっている者はもう70代。私はまだ足腰がしっかりしていて逃げることもできるけど、せめて体が弱っている年寄りだけでも…」

    「私たちだって、好きでホームレスになったんじゃないんだ」

    増水で流された所持品。冬服流され「きつい」

    多摩川を挟んで、東京都側の土手で野宿する50代の男性は、川の増水により所持品の約3分の2を失った。

    「ここに10年以上住んでいますけど、本当にこんなところまで水が上がってくるなんて想像もしませんでした。一回荷物を移動させたんですけど、そこからもっと水位が上がって、冬物の服や毛布なんかが全部流されました」

    肩くらいまで伸びた髪をゴムでまとめ、シャツを綺麗に腕まくりした男性はそう話す。台風が通過したあと、関東は急に気温が下がった。冬服が全て流されたのは「正直きつい」。「すぐには調達できませんけど、また少しずつ揃えていきます」と苦笑いを浮かべながら話した。

    男性が懸念するのは、今後、気温が下がった季節に日本へ上陸する台風だ。

    「夏だったらまだいいけど、これからぐんと寒くなる。毎年11月にも2、3個台風が発生しますし、雨が降るともっと気温が下がりますから、もし今回みたいな台風が上陸したら、低体温症で皆死んでしまうんじゃないかと思います」

    11月に発生する台風で、日本に上陸するケースはまれだが、男性は気候変動などで台風の勢力などが変わっていていることも気にかける。

    公衆トイレが唯一の「避難場所」

    男性が12日の夜、台風の夜を過ごしたのは河川敷近くの公園にある公衆トイレの中だ。身を寄せられる場所がない男性にとって、コンクリートで暴風雨から命を守れる「唯一の場所」がそのトイレだという。

    「どうせ眠れないし、一晩中トイレに閉じこもって、ラジオのニュースを聞いていました。周りの通りはすべて多摩川氾濫を警戒して封鎖されていましたし、誰かが来ることもありません」

    持ち物はすべて運ぶことはできないので、何度か川に様子を見に行ったら、どんどん増水して、男性や、同じく橋の下に住む他の路上生活者の荷物が川に浮いて流れようとしていたという。

    「急いで川まで走って流れかけていた荷物を他の人と一緒にかき集めたんですけど、流れてしまいました。風も強くて飛んでいってしまって。仕方ないですよね」

    路上生活者にとって、リヤカーなどに載せて持ち歩いているものが文字通り「全財産」だ。

    ラジオと新聞の情報が頼り

    台東区で路上生活者が自主避難所の利用を断られた問題については、男性は新聞で読んだという。「命は平等に守られるべきだ」という意見も多い一方で、男性の思いは複雑だ。

    「税金も払っていないし、私たちは行政サービスは受けられないっていうのはわかっています。それよりも、もう十数年、毎年台風が来るたびに自分で自分の身は守っているので、私自身は避難所に行こうという意識すらありませんでした」

    自主避難所の開設情報などは、区のホームページやSNSで確認することができる。男性は「ラジオと古新聞、人づてに聞いた話だけが情報源なので、どこの避難所が開いているとかも知りませんでした」と話す。

    多摩川沿いで路上生活者とみられる男性の遺体が見つかったことに関しては、まだ知らなかったようだが、男性は「そうですか…」と呟き多摩川の方面に視線をやった。

    「私たちは災害の時はラジオの情報が頼りなんですが、皆が皆ラジオを持っているわけじゃないし、他の人とも話したり情報交換したりしない人もいます。どんな台風がいつ来るか、知らなかった人が犠牲になったのかもしれませんね」

    互いに詮索せず、避難もバラバラに

    男性はずっとラジオで台風情報を収集し、雨量や台風上陸場所、上陸時間などについて確認していたが、そうでない人もいる。男性がいつも野宿している橋の下では5、6人が野宿しているが、たまに話はするものの、互いの名前も知らないし川の増水から逃げる時もバラバラだったという。

    「みんな色々な事情を持ってここで生活しているので、名前なんてもちろん聞きませんし、深い話はしません。助け合える時は助け合うけど、一定の距離を保って生きています」

    路上生活をする人は、様々な事情があり職や家を失い、頼れる家族とも連絡ができない状況にある人が多い。

    男性の野宿する土手は、誰もブルーシートなどで小屋などは建てておらず、コンクリートにシートなどを敷いて寝ている。それぞれ詮索したりしないように気をつけながらも一緒の空間で野宿しているのだという。

    男性が野宿をする土手のすぐ後ろには、高級住宅街・田園調布が広がっている。今回の台風では、多摩川の支流が溢れ、浸水被害が発生したが、それでも路上生活の男性たちを気にかけて声をかけにきてくれる人がいるという。

    田園調布の住宅街に住む、外国人住民だ。

    犬の散歩で土手を日常的に訪れる外国人住民は、路上生活の人々を気にかけ、挨拶をしたり、時には食べ物や石鹸などの生活用品を持ってきてくれるのだという。

    「今回も台風の後に、ドイツ人の方が様子を見にきてくれました。あちらは英語で話すし、こちらも片言のやり取りしかできないんですけど、荷物を流されたと話したら『出来ることをやる』と言ってくださり、励ましてくれました」

    「日本人の方には見向きもされないんですけど、外国人の方々は優しいですよ」、男性はそう呟いた。

    行政に課せられた災害支援とは

    災害時の応急対策や復旧への措置、防災について定められた「防災対策基本法」というものがある。

    そこには、国は国民の命や財産を災害から保護する使命があると明記されている。以下がその文章が明記されている同基本法、第三条の一。

    第三条の一

    国は、前条の基本理念(以下「基本理念」という。)にのつとり、国土並びに国民の生命、身体及び財産を災害から保護する使命を有することに鑑み、組織及び機能の全てを挙げて防災に関し万全の措置を講ずる責務を有する。

    また、避難所への避難に関しても、住民票がなく、税金を払っていない路上生活者が利用を除外されるということも明記されておらず、市町村長が災害時に「適切な避難所を避難のために必要な間滞在させ」るべき対象者に関しては「居住者、滞在者その他の者」という記述もある。

    第四十九条の七

    市町村長は、想定される災害の状況、人口の状況その他の状況を勘案し、災害が発生した場合における適切な避難所(避難のための立退きを行つた居住者、滞在者その他の者(以下「居住者等」という。)を避難のために必要な間滞在させ、又は自ら居住の場所を確保することが困難な被災した住民(以下「被災住民」という。)その他の被災者を一時的に滞在させるための施設をいう。以下同じ。)の確保を図るため、政令で定める基準に適合する公共施設その他の施設を指定避難所として指定しなければならない。

    安倍首相も、台東区での問題を受けて、国会での質問で「避難所は、災害発生時に身体生命を保護するために設置される。すべての避難者を受け入れるのが望ましい」と答弁している。