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「ワクチンは殺人兵器」「トランプ氏が世界を救う」母親を奪った陰謀論。息子の語った後悔とは

新型コロナウイルスやアメリカ大統領選、さらにはワクチンなどをめぐり世界中で問題視されている「陰謀論」。母親がのめり込んだ結果、絶縁状態になってしまったという男性の語る、壮絶な体験とは。

新型コロナウイルスやワクチンなどをめぐり注目されるようになった、誤情報が大量に広がる「インフォデミック」という現象。

アメリカ大統領選をめぐっては、そうした情報の震源となっている「Qアノン」をもじり、日本で「Jアノン」という言葉が生まれるなど、世界中で問題視されている。

なかには近しい人が根拠が乏しい「陰謀論」にのめり込み、その間柄に亀裂が生まれてしまったという事例も。

当事者はどのような思いでいるのか。母親を陰謀論で失ったというタイトルのnoteを記した男性に、話を聞いた。

「母のことを知っていると思っていましたが、そんなことはなかったのかもしれません。普通の関係すら築けなくなってしまうとは、思ってもいませんでした」

そうBuzzFeed Newsの取材に語るのは、ぺんたんさん(30代)。母親がアメリカ大統領選や新型コロナウイルスをめぐる「陰謀論」にのめり込んでしまったことをきっかけに、絶縁してしまったという男性だ。

noteに記した体験談には2000を超える「スキ」が集まり、約30万回閲覧されるなど、大きな話題を呼んでいる。

働きながら2人の子どもを育ててきたという、ぺんたんさんの母親。音楽を聞くことが好きで、サザンオールスターズがお気に入りだった。

記憶にある社会的な活動といえば、被災地への寄付など。何かの宗教に入っていたこともなかったし、政治的な話をすることもなかったという。

「強いて言うのであれば、健康志向。コーラやファーストフードはダメだと言われたり、オーガニックだとか無添加のものを選んでいたり。それが、今回のことと結びついているのかはわかりませんが……」

新型コロナウイルスの感染が広がるなか、直接会うことのできなくなってしまった母親を案じ、ぺんたんさんはそれまで以上にこまめに連絡を取っていた。

「そんな母が変なことを言っているな、と思うようになったのは昨年の夏ぐらいでした。LINEがうざくなったんです。何を言ってるんだろう、という気持ちでした」

「これを陰謀論というのはバカだ」

「大統領選をめぐり、トランプ氏に関連する話をよくするようになったんです。対抗馬に決まったバイデン氏の批判も混ざるようになって……。中国からお金をもらっているだとか、小児性愛者だとか。合わせて増えたのが、コロナを理由にした中国バッシングでした」

「コロナについても、政府の発表が隠蔽されており、実態と異なるというようになりました。それまで語ることのなかった、日本における在日コリアンの権利をめぐる話をするようにも」

その発言は、徐々に加熱していく。「中国の支配下から私たちを救えるのはトランプだけ」「コロナを世界中に広げた中国に復讐をする」。

メディアに対して「ジャーナリズムはコピペ」などと評し、不信感を抱くように。見ている世界が違う、そう感じることも増えた。

禍々しいタイトルのYouTube動画のリンクなどを多く送ってくるようにもなった。動画を見てみると、新興宗教に関係するメディアのものや、正体のはっきりしない「ジャーナリスト」を名乗る個人の発信などが中心だった。

「こんなの見るの止めてよ。陰謀論じゃん」と諭してみると、「これだけ証拠が出ているのに、これを陰謀論というのはバカだ」と一蹴された。

誰にも優しかった母親とは、違う姿がそこにはあった。noteに、ぺんたんさんはこう記している。

そのような話をする母親からは、私の昔の記憶にあるラジカセで楽しそうに音楽を聴く姿を想像できなかった。恐怖心と猜疑心と嫌悪感に満ちた人間だった。

「見ている世界が違う」

「僕のストレスが最大になったのは、年が明けてから。本当に、会話することができなくなってしまったんです」

大統領選をめぐる陰謀論の拡散は、今年1月ごろにピークを迎えている。トランプ氏がバイデン氏の就任までに、「不正選挙」の結果をひっくり返すのではないかという情報が広がったのだ。

母親は、まさにそれに染まっていた。アメリカの民主党が「幼児誘拐と児童売買」に携わっていると主張し、大統領選については「不正選挙」であると疑わなかった。

トランプ氏と親交のあるリン・ウッド弁護士の名前も出るようになった。アメリカの極右勢力が支持する陰謀論「Qアノン」の支持者で、多くの陰謀論の「根拠」にもなっていた人物だ。

1月6日には、こうしたネット上の陰謀論が連邦議会襲撃事件という現実世界における実力行使に発展した。しかし、ぺんたんさんの母親はこれが「民主党寄りのスパイ・工作員」による犯行であると信じ切っていた。

「見ている世界が違うのでは、と感じるようにもなりました。母はこうした動画などを、家族や親戚たちにも送っていたこともわかったんです」

ぺんたんさんは、母親の言動について、家族に相談していた。そのことが直接耳に入ったと知ったのは、1月末のことだった。

いつものように母からLINE電話が来た。第一声が「なんのつもりだよ!」だった。

私が母親の裏で、妹や父親に相談していたことがバレたのだ。「誰が陰謀論者だ!ふざけんじゃねぇ!バカヤローーーーーーーーー!!」

母親は「息子に陰謀論者と周りの家族に吹聴された」と思ったのだろう。

母はテレビCMを見て涙を流すくらい純粋な人間だったことを、私は誰よりもよく知っている。そして誰よりも頑張り屋さんであることも。だからこそ、これは本心だが心底心配していたのだ。

数日して「カッとなってごめんね」と言ってもらえると思っていたが、その日以来、母親から連絡がくることはなくなった。

「反ワクチン」の言説も…

少し経ってから、母親のSNSを覗いてみた。

大統領選をめぐる話も落ち着き、目が覚めているのではないか、という希望があったからだ。

しかし、そこには依然として「不正選挙」に関連する言説が多く並んでいた。そして新たに加わっていたのが、「反ワクチン」に関するものだった。

根拠なしにワクチンは危険であると主張するファイザーの「副社長」(Vice president)の発言、効果を否定し不安をあおる医師、マスクを否定し「コロナは風邪」とする政治活動家の主張ーー。

なかには「ワクチンは殺人兵器」とするような、荒唐無稽ともいえるものもあった。

「僕は、心のどこかで『時が解決してくれる』と希望を持っていたんです。でも、悪化しているんじゃないかとすら、思った。母は、沼にはまり込んでしまったのかもしれません」

自分なりに、陰謀論についても勉強するようになった。そうした情報を流すことで収益を得たり、自らの政治的主張をアピールしたりしている人がいることも知った。

「とにかく、やるせないし、悲しいですよね。お金がほしいならあげるから、そんなことをしないでくれよ、と。政治的主張のために誤った情報を流している人も許せない。誰を恨めばいいのか。考えれば考えるほどわからなくなっています」

母親は家で過ごすとき、大好きな音楽をYouTubeで聴いていた。何かのきっかけで再生した陰謀論の動画から、アルゴリズムが生成する「フィルターバブル」に入り込んでしまったのではないか、とぺんたんさんは見ている。

「そういう情報を収益化してしまったり、表示させてしまったりするアルゴリズムに責任があるんじゃないかとすら感じますし、怒りがないかといえば嘘になる。一方で私はアルゴリズムの受益者でもある。諸刃の剣だったのかもしれませんね」

大切な誰かを「失った」人たちと

いまぺんたんさんは、同じように陰謀論で大切な人を失ってしまった人たちと、小さな自助グループを開いている。

結婚を控えるパートナーが陰謀論にのめり込んでしまったという、妊娠中の女性。小さな娘を育てながらも、反コロナ活動に邁進する妻がいる、という人。同居している両親が陰謀論ばかりを語り、自室に籠るようになってしまった人……。

定期的なオンライン会合では、お互いが置かれている状況を語り、耳を傾け合う。いわば、セラピーのようなものだという。

ほかの人の体験を聞いていくなかで。ぺんたんさんはもう少し、母親と向き合うことができたのではないか、と思うようにもなった。

「母は友達もたくさんいるわけではないし、コロナ禍で外出も制限されていた。楽しみは旅行に行くことだったんですが、昨年はコロナでキャンセルしてしまった。リフレッシュする機会も失われ、絶望的になってしまい孤独だったはず」

「さらにコロナへの不安と恐怖もあり、どうしようもない日々を過ごしていて、陰謀論にはまってしまったのかもしれません。否定をするだけではなく、もう少し寄り添ってあげることができたのかな、もっと優しさを示してあげることができたのではないかと後悔しています」

陰謀論を理由に大切な人と「断絶」する人が少しでも減ればとの思いから、noteを記したというぺんたんさん。特定を防ぐ要素をちりばめているが、母親に届いてほしいという気持ちも、ある。

「母がこのnoteを自分の話だとは思わずに読んで、こんなつらい思いをした人がいるんだ、ひょっとしたら息子もつらい思いをしてたのかもしれない、と間接的に気づいてくれないかなっていう願いがあるんです」

「僕はいま、何もしないということで、自分を守ってしまっているんですよね。母にこれ以上幻滅をしたくない、という気持ちもある。他力本願かもしれないけれども、母さんに自分で気がついてもらいたいですね」

自分を育ててくれた、あの優しい母親なら。きっといつかまた、笑って話せる日がくるはずだ。ぺんたんさんは、いまもそう信じている。


ぺんたんさんのnoteでは、自らの体験談のほか、大切な人が陰謀論にのめり込んだときの対策や、自助グループに参加する人のエピソードなども公開している。


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