7年8ヶ月続いた安倍政権が終わり、菅政権が発足した。
改ざんや破棄、そして隠蔽……。安倍政権では、公文書管理をめぐる様々な問題が取り沙汰された。
いったい、何が一番大きな問題だったのか。そして、新たな菅政権に求められることは何なのか。公文書管理と情報公開の第一人者を取材した。
そもそも、公文書とは、どのようなものなのか。2011年に施行された公文書管理法の「総則」には、以下のように記されている。
「健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るもの」
民主主義を支えるための国民の財産。それが公文書であるということだ。同じ条文には、さらに「国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書」とも記されている。つまり、公文書は「歴史」を形作るものでもある。
そんな公文書をめぐる不祥事が、第二次安倍政権下では相次いだ。自衛隊の南スーダンPKO日報、森友、加計学園、そして桜を見る会、検察官の定年延長問題――。
政権が批判を浴びるような諸問題が注目されるたび、公文書の改ざんや隠蔽、破棄、そしてそもそも文書を残さない、といった行動がまかり通っていることが表面化した。さらに森友問題をめぐっては、改ざんを指示された財務省近畿財務局の職員が自死にまで追い込まれた。
情報公開制度の調査研究などをしているNPO法人「情報公開クリアリングハウス」理事長の三木由希子さんは、BuzzFeed Newsの取材にこう語る。
「政治とは本来、自分たちがしてきたことを検証されて批判を受けるという仕組みにおいて運営される必要があります。その一端を担うのが公文書と情報公開の仕組みです」
「しかしいまの政治は、自らの主導性を高めている一方で、記録されることによっての責任を果たそうとしていない。その歪みが、わかりやすく出てしまったのが安倍政権だったのではないでしょうか」
壊れていたブレーキ
第二次安倍政権は、各省庁の官僚を政治の側が指揮して政策を実現する「政治主導」を推進してきたことで知られる。2014年に新設された「内閣人事局」によって霞ヶ関の官僚人事を掌握し、忖度を生む原因にもなったとも批判されてきた。
公文書をめぐる一連の問題は、こうした政治主導の高まりの一方で、不祥事に対しては安倍晋三首相や菅義偉官房長官ら政治家たちが「適切に管理」「問題ない」。ときに「関係ない」などと繰り返した反作用により発露した、と三木さんはみる。
「つまり、政治的な問題が公文書の扱いをめぐって顕在化したということです。公文書は日々担当業務や仕事をするなかで生まれるものであって、そのものは本来政治的なものではありません。しかし、政治判断や政策決定に問題があると、それにかかわる記録を含む文書に影響が出てきてしまったといえます」政治のしていることに無理があれば、そのしわ寄せは現場へと向かう。政治は責任を取らないから、現場では辻褄を合わせるために公文書にまつわる不祥事が起きるーー。
問題をそう分析する三木さんは「公文書管理そのものに問題があったということもないわけではない」と強調する。
「そもそも公文書管理の制度は、改ざんや隠蔽は簡単には起こらないという前提で作られ、運用されているところがあります。しかし、政治の歪みは、一線を超えさせ、不正が始まってしまったのでしょう」
「特に森友問題をめぐって決裁文書が組織ぐるみで改ざんされたということは、常軌を逸しています。ブレーキが壊れているんです。現場の不始末だけではなく、公文書管理の根幹を破壊したとも言える、政治責任に目を向けないといけません」
穴だらけの運用
安倍政権は、森友、加計学園の問題を受け、公文書に関するガイドラインを2017年に改定した。政治責任ではなく、制度に、そして現場に問題があるという判断を下したのだ。
このガイドライン改定では、たとえば政策立案に関わるような重要な打ち合わせをした際の記録を残すことや、「1年未満廃棄」となる文書の基準をより明確化することなどを定めている。
「教訓」を踏まえたはずの改定だったが、実際の運用は穴だらけになっている。たとえば前者の記録は、総理や官房長官の面談について毎日新聞の取材でほとんど残されていないことが明らかになっている。定められているような「重要な打ち合わせではない」という立ち位置をとることで、記録化を避けていたのだ。
また、後者のルールは「桜を見る会」の名簿をめぐり、廃棄の正当化に用いられた。過去の名簿は国立公文書館にも保存されているものもあり、直近は1〜3年の保存期間とされていた。
それが、改正されたガイドラインにある「1年未満」での廃棄に該当するとして、シュレッダー処分にかけられてしまったのだ。それも、野党が資料要求した1時間後というタイミングの良さだった。三木さんはいう。
「むしろ余計なものを残さないように、ルールに則るようになってしまっている。公文書の問題に帰結させ、管理に関するルールづくりをより明確化しても、結果として形骸化していくだけ。制度で現場レベルの管理を強化するだけだと、改善はされないということでしょう」
「ですから、本来は政治が批判とどう向き合い公文書管理に前向きに取り組むかというリーダーシップを発揮し、メッセージを出す必要がある。しかし、いまの政治は自分たちの問題ではないと思っているのではないでしょうか。政治が行政に指導をして終わりだと思っていることこそが、問題なのです」
残されぬ「政治プロセス」
公文書をめぐり、三木さんがもうひとつ危惧するのは「政治の意思決定」が公文書として残されていないという点だ。
首相官邸に出入りした人の記録も存在せず、あったとしても破棄されていたことは、加計学園の問題で浮き彫りになっている。その教訓から、何が話されていたのかは打ち合わせ記録に残されるはずだったが、先述の通り、それも多くが存在していないことも明らかになっている。
さらに、これまでも首相が変わるたびに官邸内の公的な文書が破棄され「空っぽ」で引き渡されてきたこと、一部の文書は元首相らが個人で管理をしていたことなどが、やはり毎日新聞の報道で明らかになり、問題視されている。
これらはどれも、本来であれば、首相や官房長官、大臣ら政治家がどのような指示を出し、政策を決めていたかを示す重要な「歴史的事実の記録」であったはずだ。三木さんは、こう指摘する。
「第二次安倍政権は、政治主導を進め、長期政権となったにもかかわらず、そのプロセスを体系的な公的記録として責任を持って残すことを怠ってきた。政治側が何を判断したのか。自分たちの記録を残さないまま、主導性だけを高めてしまったと言えるのではないしょうか」
これは、コロナ禍においても同様だ。一斉休校やアベノマスク、10万円の一律給付……。新型コロナウイルスをめぐっては、官邸がトップダウンで様々な判断を下してきた。
今回の事態は「公文書管理ににおける歴史的緊急事態」に指定されているが、政府の「連絡会議」の議事録の不備などがすでに指摘されている。
奪われた検証の術
それだけではない。実際に三木さんは内閣総務官室に日程表や政党関係者、専門家の面会に関する記録資料などの開示請求を進めているが、まったく記録が存在していなかった。
他省庁でも、行政側の資料があっても、それをめぐるやりとりの記録が出てこなかったり、そもそも文書が残っていなかったりするケースも散見されているという。
「公文書管理における歴史的緊急事態とされても、実際に記録がどの程度残るかはまったくわかりません。どこまで信頼できる記録が公文書として残されているのか、過去の経緯を踏まえると不安になる」
「このような未曾有の事態における政治判断を必要とする場面でどのようなやりとりが交わされたのか、後に信頼できる記録をもとに検証、確認できる術がないのは、非常に問題だと思っています」
アメリカでは大統領記録法では、その職務に関わる文書はメモや手紙、メールも含めて管理するよう定められている。勝手に廃棄することはできず、退任後には大統領図書館で管理、保存される。三木さんは日本にも同様の仕組みが必要だ、とも訴える。
「日本は大統領制ではありませんが、政治プロセスの記録に関する法律なり仕組みなりを整えるべきだと思っています。日本にはメディアの記者が張り付いてつくっている首相動静がありますよね。しかし、同じような公的な記録は残されていないわけです。メディアが穴をある程度埋めているという状態で、なんとか回ってきた」
「本来それはおかしいですよね。メディアが接触を掴めていない人も含め、そしてどのようなやりとりがされたのかも含めて、記録に残すべきではないでしょうか。もちろん、道は厳しいですが……」
著書に記された「公文書」のこと
安倍政権が終わり、菅新政権が立ち上がろうとしている。三木さんは、自らが望むように政治プロセスを残していくような「改革」がなされることには、大きな期待を寄せていない。
「菅さんは、ある種、安倍首相と共犯関係にありました。先頭に立って、政府のことを話していたスポークスマンだからです。政治に都合が悪いもの、政治責任関わるものを否定してきたこれまでの立場を、いまさら覆すことはできないでしょう」
「菅さんは、政治の主導性を高める上で重要な役割を果たした人物でもありますが、官邸における様々な記録が残されていないということからして、自身も記録を残してこなかった当事者でもある。そこがすぐに変わるとも、思いづらいですね」
菅氏と公文書をめぐっては、このようなエピソードがある。2017年8月の官房長官会見でのこと。自著に民主党政権を批判する形で記していた以下の記載について、記者に問われたのだ。
「政府があらゆる記録を克明に残すのは当然で、議事録は最も基本的な資料です。その作成を怠ったことは国民への背信行為」(文藝春秋、2012年、205ページ)
記者から「これを記していた政治家は誰かわかるか」と問われた菅氏は、「知らない」と回答をする。
そして、記者に「官房長官の著作に書かれている」「著作と現状を照らし合わせて現状をどう思うか。きっちり記録を残すべきという気持ちにはならないのか」と問われ、こう断言する。
「私は残していると思いますよ」
有権者や国民は「舐められている」
それ以外の会見でも、菅氏は「適切に管理している」「問題ない」という言葉を幾度となく繰り返してきた。
三木さんが「唯一自分の言葉で公文書について語った」と評するのは、加計学園問題をめぐって報道された「総理のご意向」と記された文科省の内部資料を「怪文書」と一蹴したこと、だけだ。この文書は後に、文科省がその存在を認めている。
「こうした姿勢が踏襲されるおそれが高いでしょう。これは、有権者や国民が舐められているという話でもある。だからこそ、私たちもしつこく、問題提起していかないといけません。本来であれば野党やメディアがそうした提起をするべきですが、最近は個別問題の政治ショーとなってしまったところも否定できません」
「行政と政治、そして外側の健全な緊張関係を維持できるかどうかが、いま問われています。その手段は選挙だけではありません。情報公開もまた、ひとつの手段です。なぜ、このような政府になってしまったのか、政治や行政はどうあるべきなのか、しっかりと考え、前向きに議論していくことが必要だと思っています」
「改革」を掲げる菅氏はいったい、こうした公文書をめぐる問題にどう対峙をしていくのか。首相としての行動、言葉をどう記録し、残していくのか。新たな「歴史」がしっかりと紡がれていくのか、私たちもしっかりと注目していく必要がある。