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新型コロナを「当たり前の感染症」として受け入れた時、何が起きるのか? 感染者はインフルの数倍から10倍に

新型コロナの新規感染者数が過去最多を記録する中、なし崩し的に「社会経済を回す」方針になだれ込んでいます。このまま突き進み、新型コロナが当たり前の感染症となった時に何が起き得るのでしょうか?西浦博さんに予測を聞きました。

過去最多の感染者数を更新し、死亡者も過去最悪レベルで増えている新型コロナウイルスの第7波。

なし崩し的に「社会経済活動を回す」という方針が決められ、医療は逼迫した状態が続いている。

政府の分科会や厚生労働省のアドバイザリーボードの専門家有志は、出口戦略を示す提言を出したが、このまま対策緩和に突き進んで問題はないのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、提言には名を連ねず、8月18日のアドバイザリーボードで新型コロナが常在している「エンデミック」期の見通しを出した京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに聞いた。

※インタビューは8月19日に行い、その時点の情報に基づいている。

なぜパンデミック中に「エンデミック」の見通し?

——今回、「エンデミック」期の見通しを出しているわけですが、まず感染症の流行状況を指す「パンデミック」「エピデミック」「エンデミック」の意味について、説明していただけますか?

「エピデミック」は平時で期待される感染者数を異常に上回っている状態です。集団の中で本来あるはずのない流行が起きていると、それだけで「エピデミック」と呼びます。

「パンデミック」は「エピデミック」が国境を超えて、国際的に広がった状態です。世界的な流行です。

——今は「エピデミック」であり、「パンデミック」なわけですね。

そうです。

——そして今回、先生が予測を出した「エンデミック」というのはどういう状況ですか?

「エンデミック」は「風土病的流行」と書かれることがあります。病原体が特定の人口に根付いて、常在している状態です。

——日本で新型コロナがエンデミック化するというのはどういうイメージですか?

新型コロナウイルスは今までエピデミックの状態で、「ハンマー&ダンス」の対応を取ってきました。つまり、流行が一気に拡大しようとする時点で、感染拡大を抑える強い対策を打って叩く(ハンマー)。一気に新規感染者数を下げたら、また対策を緩めて過ごす(ダンス)。その繰り返しです。

それはエピデミックの時期だけに行うことで、エンデミックになると人口内で感染が常在することを許す状況になります。

——エンデミックは社会の「もう特別な対策は取らないよ」という態度も含んでいる状態なわけですね。

そうです。常時、新型コロナがあることが普通になる状態のことです。

——なぜ今のような「エピデミック」「パンデミック」の状態で、随分先にある「エンデミック」の見通しを出したのですか?

今、日本はコロナ対策を考える上で、とても重要な分岐点に立っていると思います。中国のようにまだ封じ込めをやっていくという思想も理論的には可能です。社会的にはそれは難しいと思いますが......。

一方で、英国や米国が他の国に先んじて決断したように、エンデミック化をほぼ無防備に受け入れるのも一つの選択肢です。

今、私が問題意識を持っているのは、エンデミック化することを多くの先進国が選択しているので、日本も無批判にエンデミック化するのだろうと皆さんが思っていることです。「エンデミック化していいですね?」という確認も行われないまま、なし崩し的に受け入れています。

その時のリスクがどれぐらいで、この感染症を受け入れた結果、何が起こるのか。その分析や議論をせずに、変化が起こる分岐点に立っています。

まずはエンデミック化することが、日本ではどういう意味を持つのか、皆さんと一緒に認識することが重要なのだと思っています。

無防備な緩和ではなく、リスク評価を認識した上でゆっくり緩和を

——その前に専門家有志が提言を出しましたが、西浦先生はそこには名前を連ねていません。政府が「社会経済を回す」としたのを受け入れた形の提言になっており、エンデミック化を受け入れた形の提言とも言えそうです。それについては先生はどう考えているのですか?

まず、提言に関しては、議論には参加してきました。皆さん全ての項目で合意しているわけではなく、意見の集約を行ってきたわけです。

私が問題だと思うのは、あの中で医学の専門家が重要な価値判断をしてしまっていることです。日本が緩和していく時である、という前提の下で、流行が常在化していくことを無防備に受け入れようとしています。

その点に関して、自分は反対しています。だから名前を連ねていません。

ただし、エンデミック化を受け入れるかどうかを考えれば、受け入れざるを得ないのです。ここまで感染者が増えている中で、社会経済活動を重視する合意自体は取れていると思います。

ただそこで重要なのは、無防備にエンデミック化することを受け入れるのか、低いスレスレのリスクをかい潜りながら、ゆっくりとエンデミック化するのか、です。そこは粘って科学的に考えなければいけません。

前回のインタビューで、4回目の予防接種が行き渡ってから緩和する決断ができる、と伝えました。その時に岩永さんは、「4回目の接種が終わったら全面緩和でいいのですか?」と言ったのですが、「全面緩和をする」のと「何らかの手段で緩和していく」というのは少し違います。

その違いを知るために、全面緩和をしたらどんなことになるのかをまず理解することが必要です。

——専門家有志の提言を中心になってまとめた阿南英明先生にも、名前を連ねた岡部信彦先生にも、西浦先生の「4回目の予防接種が行き渡って免疫が十分ついたタイミングで緩和すべきだ」という意見について聞いています。お二人は違う考えでした。先生は死亡者を少なくしながら緩和できるのではないかと考えて、エンデミックの見通しを見せようとしているわけですね。

はい。提言の裏でこの分析を始めていたのですが、専門家有志は、この先の状況をデータに基づいて認識した上であの提言をまとめたわけではありません。

定量的なリスク評価に基づいて次の対策を考えることは大事ですが、あの提言はリスク評価に基づいて出されたわけではないのです。

例えば、今は医療が逼迫し、急性期医療が回っていません。また、予防接種の効果を見ていると、得られた免疫は流行が終わる頃にすぐ失われていきます。この二つの側面を持つ流行を繰り返す世の中に私たちはいます。

この感染症に対する社会的な姿勢を変えたところで、医療が逼迫するという本質的な問題が解決するとは思えません。この問題を社会として忘れるというのがスペイン風邪(1918〜20年に世界的流行)の時に行ったことですが、それと同じことをするのは新型コロナでは難しいと思います。

まずは皆でエンデミックがどれぐらいのリスクを含み、何が問題になり得るのかをデータで把握することが必要です。その上でどんな対策をとるのか皆で議論できないかと考えて、今回の分析を提示しました。

この先の流行状況を捉える「SIRSモデル」

今、政府によって社会的な対策を取らない、という選択がなされています。

エンデミック化する時にこの先何が起き得るかを検討し、未来のリスクをある程度把握できたら、長期的にどう立ち向かったらいいか決められます。

そのために、「SIRS(Susceptible-infectious-recovered-susceptible)モデル」というものを使いました。

新型コロナの流行を考える時、人口の構成員は3つのどれかに属します。

「S(Susceptible)」は感染し得る感受性を持っている人、「I(Infectious)」は感染していて他の人にも感染させ得る人、「R(Recovered)」は感染から回復して二次感染を起こさなくなり、免疫を持っている人です。

新型コロナの急性期の流行ではSIRの間は一方向にしか進みません。感受性を持っていればいつか感染し、感染した人は回復します。感受性を持っている人が感染しないでワクチン接種で、Iを飛び越えてRに進むことも可能です。

しかし、より長期の動向を考える上で、この感染症では、問題点が二つあることがわかりました。

一つは、予防接種も自然感染も一定期間を経ると感染予防効果の免疫が失われることです。「免疫の喪失」と書きましたが、免疫を持っていたRの人が、また感染感受性のあるSに戻ります。

また、単純に免疫が失われるだけではなくて、ウイルスが進化するので変異株が生まれて、これまでの免疫を回避する影響も含まれています。変異が早ければ早いほど、「Di日」と呼ばれる免疫を喪失するまでの時間、つまり「平均免疫保持期間」は短くなります。

免疫が一時的であることや、ウイルスの性質が変わっていくことによって、何回も再感染してしまう動きを捉えられるのが、この「SIRSモデル」です。

エンデミック状態で、常に120万〜240万人が感染している状態

——そのSIRSモデルで、何を分析したのでしょうか?

今回、このモデルを使って、エンデミックの状態になった時に、人口の中でどれぐらいの割合が常に感染した状態になるのかを分析してみました。

3つのパラメータを計算式に入れると、エンデミックな状態における人口中の感染者割合を計算できます。

一つは、何も対策を打たない状態で一人の感染者がどれぐらいの二次感染を起こすかの平均値「基本再生産数」です。もう一つが一人の感染者が次の感染者を生み出すまでの「平均世代時間」で、オミクロン以前の株だと約5日と言われてきました。もう一つが免疫が失われるまでの期間「免疫持続期間」で、3.5ヶ月ぐらいが平均値ではないかと言われています。

免疫持続期間だけ未だ不確実なため、平均免疫持続期間を10 週、20週、50週の3パターンに分けて、分析しました。3.5ヶ月という平均値を取るならば、10週と20週の間ぐらいを見たらいいですね。

感染割合を見てみると、基本再生産数が5から6に上がってもほとんど割合は変わりません。しかし、平均免疫持続期間がどれぐらいかによって、感染割合はかなり変わってきます。

基本再生産数は大雑把に言えば武漢株では2.5、デルタ株では5と言われていますが、その周辺を最もらしい範囲として考えると、人口中の感染者割合はだいたい低くて1%です。高いと5〜6%です。この数字は免疫持続期間によって大きく左右される、というところまで分析できます。

すでに緩和が進んでいるイギリスの観察データとも合致しています。イギリスではボランティアの人に何度もPCR検査をしてもらう調査があって、どれぐらいの割合の人が感染しているのか常に追いかけています。

そのイギリスのデータでは、オミクロンの流行中でだいたい2〜8%ぐらいが常に感染していることが把握されています。

エンデミックではもう少し低くなることもあり得るので、モデルで分析した1〜5%ぐらいがおそらく妥当なのだろうとわかります。

一般の人は、やすやすとエンデミック化を受け入れるようなことを言っています。尾身茂先生を含む他の専門家の先生方にも強めの言葉で「どういう状況になるかわかっているんですか?」と迫ってしまうのですが、エンデミック化は少なくとも常に少なくとも1〜2%の感染者がいることを受け入れるということです。

1〜2%とは、日本の人口が1億2000万だとすると、常に120万人から240万人の人が感染している状態です。ウイルスの排出期間を6日間とすると、6で割った値が1日の新規感染者数になります。つまり1日あたり20万〜40万の新規感染者数が出る状態が続くわけです。

そのうちの1割ぐらいが報告されるとすると、ニュースで報道されるような1日の新規感染者数2万〜4万ぐらいがずっと続く。これぐらいでもコロナ患者の受入れ医療機関は忙しくなるはずで、その状態が普通になるということです。それをまず認識しなければいけません。

季節性インフルエンザと比べて、多くて10倍規模の感染者割合に

——季節性インフルエンザの感染者割合の規模とも比べていらっしゃいますね。

季節性インフルエンザは、これまでの調査では0.5%ぐらいの感染者割合と言われています。高いピーク時でも0.8%から1.0%ぐらいです。1シーズンを通じての累積患者数(受療者数)は1000万人程度いると言われています。

それと比べるとエンデミックの新型コロナは数%、場合によってはもう少し高い5〜6%になり得るので、少なくともインフルエンザと比べると数倍レベル、悪い場合だと10倍レベルの感染者割合になりそうです。

エンデミック化しようとしている時、皆さん、「インフルエンザみたいになるんでしょう?」と簡単に言いますよね。

確かに定点調査で監視するなど、政策的にはインフルエンザのような扱いに次第になっていくのが定石だと思います。

でも少なくとも当面は、インフルエンザよりも高い流行レベルが続きそうです。インフルエンザとすぐに肩を並べられるようになる要素はどこにもありません。

——その予測からすると、心配なのは医療の逼迫や死者の増加でしょうか?

今まさに医療が逼迫する流行が起きていて、何もしないとまだまだ感染者は増えますし、感染者が回復しても何回も感染します。

例えば5類感染症に変えても、定点調査だけにして全体の数を見えなくしても、医療がじんわり逼迫する状況は続くと考えられます。

医療のシステムとして、「5類になれば誰でも診られるようになる」とよく言われていますが、おそらくコロナではこれまで診てきた病院にこれからも患者は集中します。そして医療従事者が一番困ることになります。

抜本的に「大丈夫」と言える医療体制を意識的に作らないと、エンデミックの状態は今の医療提供体制にはかなり厳しいものになると考えられます。プレッシャーがかかった状態が当面ずっと改善しないわけですから。

ここまでをまとめると、免疫持続期間がこの先の勝負を大きく左右し、感染者の割合を決めます。それは新規感染者数や医療の逼迫に直結します。その規模はインフルエンザの数倍から高いときで10倍程度と考えていただければと思います。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。