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新型コロナ治療、最前線のトップ「国内では一人も死なせたくない」

日本の国際感染症の対策の総本山、国際医療研究センターの国際感染症センター長、大曲貴夫さんに、実際に診ている新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の印象と対策を伺いました。

WHO(世界保健機関)によって、正式に「COVID-19」と名付けられた新型コロナウイルスによる感染症。

2月13日午前9時現在、世界中で6万人以上が感染し、1300人以上が死亡していますが、12日正午現在、厚労省のまとめでは、国内では検疫中のクルーズ船で確認された174人を合わせても、感染者は203人にとどまっています。

国立国際医療研究センター・国際感染症センターのトップとして、患者の治療や対策に当たる大曲貴夫さんに、実際に診た患者の特徴や日本の対策についてお話を伺いました。

※インタビューは12日午後に行われ、その時の情報に基づいています。

診てきた患者は6人 「軽い患者が多い印象」

ーー国際医療研究センターではこれまで何人の患者を診てきたのですか?

6人ですね。

ーーどんな症状なのですか?

現状ですと、僕が診た患者さんは軽い方が多いです。

ちょっと熱が出た軽い風邪というイメージの方から、1週間ぐらい熱がでるインフルエンザのような症状の方がいます。熱が出ている間はだるさが強いようです。

あとは、1週間ぐらいインフルエンザのような熱やだるさや鼻や喉の痛みが続いた上で、そこから空咳が出始めて、「やっぱりおかしいね」と念のためレントゲンを撮ると、影があったりなかったりする。

それでCTを撮ると、やっぱり影があったということが一番多いですね。

ーーそれは肺炎になった状態ですね。

そうですね。一番重いのは、肺炎になって酸素吸入が必要となるパターンです。僕が診た患者で酸素が必要だった方は3人いますけれど、幸い、2人はもう良くなって酸素がいらなくなり、熱も下がりました。今は検査で陰性になるのを待っている状態です。

あとの一人はまだ入院したばかりなので酸素はまだ必要ですけれども。昨日よりは今日はだいぶん元気になっています。

ーーウイルス性の肺炎ですか?

そうですね。細菌性の肺炎は今まで診た限りではいないです。ただ、ウイルスによる肺炎が起きた後は、細菌性肺炎を合併することはざらにあります。それはインフルエンザでもそうです。

今回のコロナウイルス による感染症でも、一般的なウイルス感染症の筋道から行けば、細菌性の肺炎とか真菌(かび)がつくような肺炎が起こってもおかしくないので、慎重に診ています。

ーー治療が難しかった患者さんは?

ないですね。我々のところで診たのは、海外に行き来できるような若い患者さんが多かったから、それぐらいで済んだ可能性もあります。酸素が必要だった3人で一番高齢だったのは60代。あとは30代と50代です。持病はなかったです。

治療法 抗HIV薬の投与も

ーー治療法は対症療法しかないそうですが、国際医療研究センターでは、「抗HIV薬」も使ったそうですね。どういう症例に使ったのですか? 

酸素が必要になった事例です。僕らもこの病気を診るのは初めてですから、若い患者が徐々に悪くなっていって、肺炎が見つかって、酸素が必要になるというのは怖いんです。

医師としての駆け出しの頃に戻ったような気分になりました。

つまり、診たことのない病気は怖いのです。これからどうなるのか教えてくれる教科書もない、中国からの情報も伝わってこないとなった時、なんとかしようということになったのです。

これが良かったのかどうかはわからないにしても、抗HIV薬を使うことができたのは準備をしてあったからです。4年前にMERS(中東呼吸器症候群)の研究班をやっていたのです。その報告書の中で研究班の治療指針を載せました。

MERSのウイルスもコロナウイルスです。カレトラという抗HIV薬がありますが、SARS(重症急性呼吸器症候群)の頃から使われています。サウジアラビアでこれを使った多施設共同研究もあります。

科学的な根拠は我々の研究班の成果、倫理的には未承認薬の適応外使用なので、院内の手続きをして、患者さんの同意も得て使いました。

ーー何人に使ったのですか?

2人です。

ーー効果はどうでしたか?

これの効果かどうかはわかりませんが、結果としては二人とも良くなりました。今後は研究の形で検証しなければならず、日本でも臨床研究が始まると思います。クルーズ船の患者の中に重症例がいますから、間に合うように厚労省とも相談したい。

とにかく亡くなる人を日本から出したくない。

SARSやMERSと比べて重症度は? 感染力は?

ーー今まで経験されたSARSやMERSと比べて、重症度はどう見ていますか?

前に経験した感染症と比べるのが難しいなと思っています。SARSにしてもMERSにしても致命率は高めに出ていますね。あのイメージに影響されます。

でも、MERSの流行の時に、中東の状況やWHOのテレビ会議を聞いたのですが、医療従事者を調べると陽性が出ていて、無症状の人もざらにいたんです。院内で感染したのだと思います。

それを考えると、MERSも表に出ている致命率は約35%とされていますが、実際の集団の中には、ものすごく軽い人もいるのでもっと低いだろうと推測されます。

今まで出ている論文の高い致命率を思い描いていますが、それと比べると、僕が診ている患者さんは明らかに軽症ですし、亡くなった人はいない。

確かに普通の風邪やインフルエンザよりは熱の出る期間は長いし、肺炎にまでなる人はいるけど、時間をかけてみんな治ってきている。今までの印象からは、論文でみたようなSARSやMERSなど致命率の高そうな感染症とは違う印象です。

ただ、それはごく一部の、海外旅行できるぐらい若い人を診ているだけなので、高齢者をみているわけではありません。判断は慎重にならなければいけません。

病原性は変わらないウイルス なぜ中国では亡くなっているのか?

ーー中国で発見されたウイルスと遺伝子構造は変わらないということですね。

遺伝子研究の専門家によれば、コロナウイルスは微妙な変異はしょっちゅう起こるそうです。変異のスピードが速い。ただ、病原性が変わるような意味がある変異は現れていないという意味で言われているのではないでしょうか。

ーー病原性が変わらないとすると、日本では死なず、中国であれほど人が亡くなっているのはなぜだと思いますか?

端的には「わからない」が答えですが、例えば高齢者が集中治療室に入る確率が高そうだというデータから見ると、高齢者もかなりの数が感染していて、その中で重症になった方が多いのだろうと思います。日本ではそういう世代の患者はまだ多くは診ていないんです。

若者でも、肺炎になると2週間以上調子が悪くなる。それが高齢者になると、重症になるのだろうと思います。

患者が増えて、医療が回っていない可能性も

あとは、武漢市で、医療が回っていないのではないかということです。中国以外の国の死亡率は極めて低いです。武漢でだけ飛び抜けて高く、中国の他の都市でもそれほど高くはない。

同じ病原性のある病気で、同じ中国の中で、そして海外との間でこれほど致命率に差があるということは、患者の特徴の差ももちろんあるのでしょうけれども、医療の違いも考えざるを得ません。

患者さんがあれほど押し寄せて、医療スタッフはヘトヘトで、混んで患者が雑魚寝をしている状況では、インフルエンザや風邪もうつりやすいです。パニックになって軽症の人も重い人も病院に集中して、まともな医療ができなくなっているのではないかと心配しています。

院内感染も起こり、結果としてあれほど大きな患者数や死亡者数になるのかなと思います。

院内感染に気をつけろ 日本では管理できるはず

中国からのレポートによると、「院内感染が40%を超える」というデータが出ていました。「ああやっぱり」と衝撃的でした。院内で増えるということは体の弱い人がかかっていることです。

体が弱いとは、持病がある、がんがある、高齢であるなどです。そういう人が感染症にかかれば、重症化するイメージは容易に想像できます。

ーー院内感染と言えば、先生のご専門の耐性菌の影響もありそうですか?

絶対にあると思います。これまでの中国のレポートにはそれはあまり書かれていませんでしたが、おそらく重症の肺炎になった方は、集中治療を受けているので院内感染を起こしやすいのです。

そこでは、一般的な細菌というよりは、数多くの抗生物質に耐性があって効かなくなる「多剤耐性菌」が関わっている可能性が極めて高い。それは中国から報告されているデータからも類推できます。

多剤耐性菌に感染すると、やはり致命率は上がります。ベトナムのデータでは、人工呼吸器関連肺炎で多剤耐性菌が関係した死亡率はものすごく高いです。40%以上です。おそらくそういう状況が起こっているのではないでしょうか?

おそらくそこが、日本との一番の違いではないかと思います。

日本で僕らは「一人も死なせない」というつもりでやっていますけれども、日本で医療をうまく活かすためには、根本的には院内感染対策をしっかりやることです。日本ではそれができると思います。

行政の対応は? 良かったと評価できる面もたくさんある

ーーここまでの行政の対応はどうですか? クルーズ船の対策に問題があって、感染が拡大したのではないかとも言われ、ロシア政府などからも疑問視する声が出ています。

行政の対応で良かったと評価できる面もたくさんあるんですよ。

武漢市から日本人を政府チャーター機で連れて帰り、全ての人に検査を受けさせたこと。最初に話を聞いた時は私はその意義を十分に自分の中では咀嚼できませんでした。しかし結果としてこの病気について理解するための事実がいくつも得られました。

ーーあれで何がわかったのですか?

一見、無症状に見える人からも調べればウイルスが検出されるという事実や、その人たちを観察していくと、熱が出始めて発症する経過。当初、検査で陰性であったとしても、後から陽性になって肺炎を発症することもあることなどです。

発症前から、発症早期、はっきり発症した段階まで、どういう経過をたどるかということを丹念に追えました。しかも入院していただいて、普段しないような検査もしながら追うのは、研究でもしたことがないのです。

不思議な感覚でしたが、これで未知の病気の理解が深まったところは確実にありました。治療する時の決断は、だいたいこうするとこう良くなっていくというイメージがすごく大事で、それがあるなしでは的確な戦略が組めるかどうかが変わってくる。

今回、断片的ですが、自然経過が見えたことで、経験的な診断・治療戦略らしきものを作りつつあります。そういう意味でとても意義がありました。

必要なのは、臨機応変で、独立性のある対応

ーー感染症指定医療機関としての負担は強過ぎてはいないですか? 今回指定感染症にしたのが早かったのではないかという声もありました。

感染が広がって社会に影響が出るだろうというイメージは持っていたので、早い段階で、社会の力を動員することが決まったのは良かったと思います。

隔離もそうですし、検疫もそう。社会全体で感染症の広がりを少しでも食い止めるために、指定感染症にしたのは意味がありました。

ただ、マンパワーもいるし、人権を抑制する場面も出てきます。我々医療側にも負担はかかる。

医療をきちんと回さないと感染症はコントロールできなくなるので、そこのバランスをうまくとってほしいと願っていました。最初のうちは、軽い人を全部調べ、入院してもらって、隔離して広がりを遅くするのは妥当だと思います。

でも、それが長引けば、病院でやることがパンパンになって回らなくなります。そこの切り替えをうまくしてもらえるなら、なんとかなると思っていました。

今回、そこを行政でもうまく考えていただいて、指定感染症としながら、専用設備のある感染症病床だけでなく、一般病床も使っていいと通知を出していただいた。日本でもこういう臨機応変なことができるのだとわかりました。

CDCがただ、できても仕方ない

ーー感染症の専門家は口を揃えて、「日本にもアメリカをはじめ各国にあるような専門家による対策機関、CDC(疾病管理予防センター)が必要だ」と言っています。先生はどう考えますか?

CDCのような組織は必要だと思います。

専門家をたくさん集めるのも大事なのですが、科学性のある動きを徹底することが一番大事です。

必ずしも医療者でなくていいのですが、危機管理に長けている人、疫学でも臨床でも危機管理の経験が豊富な人たちが集まって、科学性のある指針を示すことができる。そして、その指針が尊重されることがすごく大事だと思います。

日本は公衆衛生上の方針を科学を根拠に決めていく大きな土台がありませんでした。そこをもっと強化して独立性を保って動かしていくことが、今回の経験からも必要だと思っています。

一般の人の注意点は?

ーー一般の人の対策は変わりませんか? 基本的に咳やくしゃみによってウイルスが体内に入る「飛沫感染」、ウイルスのついたものに触れた手で口や鼻の粘膜に触れて感染する「接触感染」が言われ、手洗い、咳エチケットが言われています。

手洗いと咳エチケットしかないです。あとは体調を整えて、ストレスを抱えないでくださいということです。そこに尽きますね。

発症するかどうかは本人の体調管理にもかかっていると思っています。一般論ですが、感染症にかかる人は、かかるような生活をしていることが多いのです。

よく食べて、よく寝て、ほどほどに運動して、酒を飲み過ぎずという方がよほど身を守れますよ。

国立感染症研究所が12例の症例報告を出しましたが、明確に市中での「ヒトーヒト感染」が起きていると書いてあります。もう国内で広がっているのは事実だと思います。それがどれぐらい広がるかは、複数の変数が絡むのでわかりません。

僕らは最大の暴風雨がきても耐えられるように備えていますが、一般の方ができることは変わりません。

ーー新型インフルエンザのように、当初恐れられたけれども、季節性のインフルエンザのような扱いになる可能性はどうですか。

そうなる可能性はあると思ってやっています。最初は脇を締めて最大限の防御をしつつ、じーっと全体を見極めて、警戒度を下げられる時は下げていく。警戒はしつつ新型インフルエンザのようになることも想定しています。

ーー不安からかデマも拡散されています。

「エアロゾル感染」とか目新しい言葉に踊らされがちですね。陰謀論とかね。具体的にイメージしたり、ファクトチェックしたりしないまま、グーグル検索レベルで得た知識で突っ走ってしまう。

エアロゾル感染も岩田健太郎先生が言われたように特殊な状況では起こり得ます。しかし、一般的な経路ではない。実生活で起きるかというと極めて確率は少ないです。なのに、みんな「リスクはゼロじゃないだろう!」と、それが感染形式の全てであるように過大に考えてしまう。

不安だからなのでしょうけれども、冷静に考えてほしいです。どんどん空気感染するものだったら患者数はこれだけじゃ済まないです。

どうなったら受診すべきか?

ーー感染していても、今流行っているインフルエンザと見分けがつかないのではないかと言われています。症状の重さはどうですか?

インフルエンザは3〜4日間、短期間に激烈に高い熱が出て、くしゃみや咳が出ますよね。私個人は、あの症状の激烈さよりは軽い印象を持っています。

ただ、インフルエンザは疲れが残るにしても、3〜4日でだいたいおさまりますね。それが3〜4日後も熱が下がらずだるい状態がだらだら1週間ぐらい続いて、そのまま良くなる人もいれば、咳が出始めて肺炎になる人もいる。

ーーそのまま良くなる人と肺炎になる人の分かれ目は?

わからないんですよ。人間の側の因子が関わるのでしょうね。素朴に言えば、免疫が違うのかなと思いますが。

ーー検査対象が広がりましたね。患者さんが増えるのでは?

そうでしょうね。検査は結局、結果の解釈とそれに基づく運用が大事なんですね。結果が出たら、どう動くか、この人は入院させるのかさせないのかなどを考えて行う必要があります。

そもそも検査の対象を選ばないと、病院はパンクします。陽性の人をみんな入院させるわけにはいきません。検査と戦略はセットになると思います。

それに検査が陰性でも後から陽性になる人もいます。「陰性だからリスクゼロ」とはならないのです。検査だけではあなたは安全という免罪符には一切なりません。

ーーどういう状態になったら検査や受診を考えるべきですか?

もちろん、湖北省への渡航歴があってその後に体調を崩した場合は、まずは行政で設置されている相談窓口に相談して頂ければと思います。

特に渡航歴がなく、新型コロナウイルスに感染した患者さんに明らかに接した、ということもない方については、今のところ日本国内で流行がはっきりと確認されていないので慌てて医療機関に走る必要は一切ありません。

今の段階では、風邪が1週間治らない時は医療機関に相談してみてもいいのではないでしょうか。コロナウイルスの検査をしてもらえると思っていらっしゃる方が多いと思いますが、現状では医療機関ではその検査は出来ません。そこは明確に申し上げておきます。

むしろ、医師にきちんと診てもらうということが大切なんです。医師が「もう少し様子をみましょう」と言ったら、その指示に乗っかるほうがいいです。それでよくなったらそれでいいんです。もしよくならずに更に体調が悪くなってきたらもう一度診察してもらえばいいのです。

このウイルスが風邪のウイルスの一つになるとしたら、順番にみんなかかるようになります。風邪のウイルスを一つ一つは調べないですよね。そのように考えてみてください。