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「あらゆる人に検査を」で得られるのは偽物の安心。PCR検査の特異度が99.9999%でも、議論は変わらない

「真の問題は検査は万能でもなければ、安心のためにするものでもないということです。必要な検査を適切に行うことが重要です」

新型コロナウイルス感染症対策専門家会議に代わり、新たに設置された新型コロナウイルス感染症専門家の分科会。

尾身茂会長は7月6日、第1回目の会合後の記者会見で、検査体制拡充を戦略的に進める必要性を強調した。

感染リスクを評価すると同時に、検査を受ける段階で予想される陽性率(事前確率)を踏まえて、検査体制を考えていくことが「感染症対策の王道」と説明し、示されたのは3つのカテゴリーごとの必要な検査の戦略だ。

(1)有症状者

(2)無症状者+事前確率が高い

(3)無症状者+事前確率が低い

その中でも、(3)無症状かつ事前確率が低い人への検査を行うべきか否か、「一定のコンセンサスを構築する時期にきた」と尾身会長は指摘する。

だが、その説明を行う中で提示されたデータに対し、一部で疑問の声が上がっている。

BuzzFeed Newsは米国国立研究機関博士研究員でウイルス学、免疫学を専門とする峰宗太郎医師、神戸大学病院感染症内科教授の岩田健太郎医師の協力を得て検証を行った。

改めて、尾身会長の指摘を振り返る

検査体制の整備が進む中で、新型コロナと思われる症状がある患者には、医師が必要と判断した場合には今後も検査を行う方針に変わりはない。

また、無症状者でありながら、陽性が出る確率が高い人々(病院や高齢者施設の濃厚接触者や夜の街クラスターの関係者等)にも「PCR検査を徹底的に行う」ことが重要との認識を示している。

その上で、尾身会長は(3)無症状かつ検査を受ける段階で予想される陽性率が低い人に対して行う検査の必要性について問題提起を行った。

ポイントは検査による偽陽性(陽性でない人を誤って陽性と判定すること)、偽陰性(陰性でない人を陰性と判定すること)が出る確率だ。

「リスクが低いところで、ほとんど感染者のいないポピュレーション(集団)を対象にやると、どんどんと偽陽性が増え、偽陰性が減っていく。これは感染症対策の常識なんです」

尾身会長は会見の中でPCR検査の感度(陽性を正しく陽性と判断する割合)を70%、特異度(陰性を正しく陰性と判断する割合)を99%と仮定し、説明を行った。

この仮定に基づけば、1%の人が感染していると思われる1万人に対して検査を行った場合、99人が偽陽性と判定される。また、30人は感染をしているが陰性と判定される可能性がある。

結果、99人は実際には陽性ではないにもかかわらず隔離措置をとられることになり、30人は安心して知らず知らずのうちに感染を拡大するおそれがある。

しかし、一部では、無症状者に対しても徹底的に検査を行うべきとの声が根強い。

こうした問題が生じることを理解してもなお、無症状かつ事前確率の低い人々にも検査を徹底的に行うべきなのかが争点となる。

特異度は99%よりもさらに高い?

この尾身会長の説明に対し、記者会見後、「実際の特異度は99%よりもさらに高いのではないか」との指摘が相次いだ。

そうした意見のベースとなっているのが、岩手県や諸外国で行われているPCR検査の結果だ。

岩手県では7月7日までに1026件のPCR検査が行われている。しかし、その結果は全て陰性だ

また新型コロナの「勝利宣言」を6月8日に宣言するなど押さえ込みに成功している数少ない国の1つ、ニュージーランドでは1日4000件のPCR検査を行うという目標値を掲げ、押さえ込みを続けることを目指している。

なお、6月28日〜7月4日の1週間で1日4000件の検査件数を超えたのは1日のみ。7月6日の検査件数は1641件だ。そんなニュージーランドでも陽性率は非常に低いものとなっている。

特異度が99%であるという仮定をもとにすると、単純計算で陰性の集団100人を検査すれば1人が、1000人を検査すれば10人が偽陽性となる。

しかし、実態は異なるため、99%とされた特異度に疑義が示された。

たとえ、99.9999%でも議論は変わらない

では、特異度はどれほどであると考えるのが、より適切なのだろうか。

峰宗太郎医師は「実際には99%程度以上で、99%以上-100%未満のどこかにあると思われる」とBuzzFeed Newsの取材に回答した。

こうした検査の特異度は「ある一定の幅の中に真実の値が95%の確率である可能性」(95%信頼区間)をもとに表記されることが多い。

現在でも、世界的にPCR検査の特異度に関するコンセンサスは得られていない。

「99%という特異度はあくまで説明用と思っていただいて結構です。ですが、リスク分析上はその程度で良いと思います。99.9%であろうが、99.99%であろうが議論は大きくは変わりません。特異度は100%ではない、ということが一番重要です」

「検査前確率(事前確率)が低い場合には、やはり偽陽性の可能性は特異度がかなり高くてもゼロではない。偽陽性では本当は感染していないのに隔離されてしまう、時に感染のリスクが上がるようなところへ入れられてしまうなど、より人権的に問題になる結果を招くこともある。いずれにせよ、どこまでも問題です」

「とにかく検査」が妥当でない理由

「検査結果によって、治療方針や隔離などの(社会的)対処方針が変わるのであれば検査は有用です。しかし、新型コロナウイルスによる COVID-19 については特別な治療法があるわけではなく、まずは症状に応じた治療が重要となっています」

現在、軽症者への効果的な治療法は存在しない。新型コロナウイルスによる死者を減らす上で重要なことは、重症者を見つけることと適切な治療を行うことだ。

その上で、仮に特異度という性能の一部が99%以上で非常に高いとしても、「無症状者かつ事前確率の低い人に対する検査というのは、妥当性は低い」と峰医師は説明する。

その理由は以下の5点だ。

(1)他の抗体検査などの結果から、日本では欧米等と比較して流行は非常に小さい。事前確率が低ければ、実際に感染している可能性はそもそも非常に低い

(2)「安心」のために検査後のマネージメント(対応)が変わることはほぼない。

(3)「安心」のための検査にどこまでコスト・リソースを使うかという問題がある。
(4)偽陰性(感度という性能に関わる)の問題はどこまでもつきまとう。

(5)検査後に感染する可能性もあり、「安心」があまりに短期的なものである。

こうした点を踏まえ、「検査をするよりも常に予防を行い、普通に生活を行う方が良い」とした。

一般への広い検査で得られるのは「偽物の安心」

「無症状かつ事前確率の低い人への検査を『不安』解消を望む心理から提言されている人もいるようですが、そもそも、検査をしても偽陰性もあり、検査を何度繰り返そうが改善する部分は限られています。複数回検査を行えば見落とさないという考え方は明確な誤りです。なので、『真の安全』には結びつきません。よって、得られる『安心』は『偽物の安心』です」

峰医師は改めて検査の性質を語り、「安心」のための検査が非合理的であることを説明する。

「大事なことは、検査一辺倒になるのではなく、現実にこの感染症の火種が社会に残っているという事実と完全な封じ込め(すなわち感染者すべてのあぶり出し)は無理であるという現実を受け入れ、しっかりと各自が予防策を徹底した生活である『新しい生活様式』を行うことです」

「それとともに政府・行政は適切な検査・調査・情報提供を実施することで、社会全体として、この『ウイルス感染症の流行』に立ち向かうことです」

依然として根強い無症状かつ事前確率の低い人に対しても検査を行うべきとの声に対し、峰医師は「何を恐れているのか。何を目的に検査を行いたいとしているのか。そして検査の性能の一部を礼讃してまで、実施したいという強い動機はどこからくるのか」と疑問を呈す。

そして「『不安』が先行しすぎ、現実を受け入れられていないことに問題があるのではないか」と指摘する。

なぜ、検査を受けることが「安心感」につながるのか。

「どこまで行っても、この流行状況においては、『あらゆる人に検査を』は机上の空論、偽物の安心感、そしてコスト無視の、決して妥当ではない言説です」。それが、峰医師の見解だ。

その上で「特異度の問題は本筋ではありません」と強調する。

「真の問題は検査は万能でもなければ、安心のためにするものでもないということです。必要な検査を適切に行うことが重要です。そして、その『必要な検査』とは、流行がひどい状況ではない現在、やはり事前確率が高い人への、確定診断目的の検査であると言え、今回の分科会の発表のように対象を分けて考えるのは妥当と考えられるでしょう」

大事なことは「状況判断」

検査が必要なのかどうか、あらゆる外的な要因を無視して、一律に語ることはできない。

「臨床現場でも公衆衛生のセッティングでも、大事なのは『状況判断』」だと神戸大学の岩田医師は説明する。

「この場合における状況判断は、すなわち事前確率です。事前確率は非常に重要です。特異度が高くても事前確率が非常に低ければ事後確率は低くなる可能性は高い。これはシンプルに計算上の問題です」

「7月9日の段階で、東京やその周辺の事前確率は高まっているので、PCR検査の価値は非常に高まっています」

「一方、同日の島根県や岩手県でPCRをやっても空振り、もしくは間違い(偽陽性)問題が出る可能性が高いです。今、兵庫県で『術前検査』をすると、たいてい間違えます」

では、岩手県で偽陽性が出ていないのはなぜなのか。

「有病率が非常に低いところでPCRをやるとたいていは陰性に出ます。しかし、まれに陽性に出た場合に、それが偽陽性になる可能性が高まる。少なくとも、有病率が高いところよりはずっと高まる。これが特異度の問題です」

「同じ根拠で、じつは抗体検査も有病率が非常に低ければ偽陽性が多くなります。有病率(seroprevalence)を知るのが抗体検査の目的なので、これは一種のジレンマなのですが」

現在までに岩手県では「陽性」に出た例はない。だが、仮に「陽性」に出たとしてもそれが「偽陽性」である可能性が格段に高まる。

「岩手の検査は合計で1000件程度です。もし、これを1万、10万とやれば偽陽性の問題が出てくるリスクが高まると言えるでしょう」

「検査の特異度は、検査『そのもの』が出す数字ではありません」。岩田医師は言う。

「検査の結果には、患者の増え具合、検査技師へのプレッシャーや疲労度など、いろいろな検査『そのもの』以外の要素が寄与します」

「あるデータの特異度だけで、別のケースにおける検査の特異度を決めつけるのは間違いです。これを外的妥当性の問題と言います。僕は特異度も感度も、ある程度、複数のデータをもとに幅をもたせて理解するようにしています。1点のデータに基づく決めつけは危険です」